夫の思わぬ転勤は、 私の人生の流れを大きく変えました。
当時、私は自分なりに将来の見通しを立て、 「この仕事を土台に生きていきたい」と思っていました。 その仕事は、単なる収入源ではなく、 “自分が自分でいられる場所”でもあったからです。
だからこそ、辞めざるを得なかった時、自分を支えていた土台がぐらりと揺らぐような不安が押し寄せたのに、その不安さえも見ないふりをして、必死に蓋をしていました。
私は夫と子どもと共に新しい土地へ移り住み、 また一から暮らしをつくることになりました。けれど最初の2年間、 私はどこに行っても“よそ者”のように感じていました。 スーパーで買い物をしていても、 散歩で子どもの手を引いて歩いていても、 胸のどこかがずっと空っぽのまま。
知らない土地に根を張るのは、 想像以上に静かな孤独の中での作業でした。
新しい地での人との関係も、 近所の人たちとの会話も、 私なりに笑顔で明るく接していましたが、心の奥では本音を話すことができず、どこかで「どうせまた転勤していく」とあきらめの気持ちがあり、人との間に距離を置きながら、淡々と生活している自分がいました。
「私は、こうやって生きていくのかな?」
このまま、この曖昧で満たされない感覚のまま、 ただ年月だけが流れていくのだろうか—— そんな問いが頭の片隅にずっとありました。
役割はちゃんとこなしている。 母として、妻として、社会の一員として、 日々のタスクは問題なくこなせる。
でも、心は満たされていない。
「私の人生は、このままでいいんだろうか?」
問いが浮かんでは日々の忙しさで忘れたり、本などで学びを進めてはいたものの、 答えはなかなか見つかりませんでした。
転勤でやってきたその土地は、 古くから“神話の地”として知られる場所でした。
けれど、私にとって特別な出来事があったわけではありません。 神様のような不思議な存在を見たとかもありません。
ただ、心のどこかでずっと 「ここに来たことには意味がある気がする」 そんな確信はありました。
高千穂での生活は試行錯誤の連続で、 子育てと家事と新しい環境に馴染むことで精一杯の毎日。
観光に関わる仕事を通して、 神話や神様の物語に触れる機会が増えました。 その世界は、私が抱いていた神々しいイメージとは違う、人間味があふれ、どこか説明のつかない混沌とした物語に感じられました。
そしてその頃読んでいた、 陰陽五行の世界が描かれた漫画。そこには五行それぞれの性質の解説だけでなく、
“神と人の関わり”“人の成長” といったテーマが出てきました。私は、その成長について描かれている部分に強い興味を持つようになりました。
転勤先の土地、 神話の世界、 陰陽五行の学び。
そのすべてが小さな点として散らばり、 少しずつ私の中で線と線がつながりはじめた頃でした。
「もし、この土地に来た意味があるのなら、 私はその意味をちゃんと学びたい。」
そんな気持ちが静かに芽生えていました。
これは、のちにアウイというエネルギーに出会い 世界が一変する“伏線”のような時期でした。
もうひとつ、私にとって決定的な出来事がありました。 ある日、軽い気持ちで“誘導瞑想”に取り組んだときのことです。 特別な期待をしていたわけではなく、 「一度やってみようかな」というくらいの気持ちでした。
けれど、その瞑想の中で、 私は思いがけない光景に出会いました。
目の前に現れたのは、 チャーミングで美しい“女神”でした。
その女神は、穏やかなまなざしで私を迎えてくれました。 私は自然と、いくつかの質問を投げかけていました。 その中のひとつが、
「お金って何ですか?」
という問いでした。
女神はふわりと手を動かし、目の前に 柔らかく光る川のような流れ を見せてくれました。
それは水ではなく、 キラキラとした粒子がたゆたう、 まるで美しいエネルギーそのものでした。
その瞬間、私ははっきりと理解しました。
「お金はエネルギーなんだ。」
言葉ではなく、感覚で“腑に落ちた”のです。 そして同時に、
「エネルギーを扱えるようになりたい」
そう強く決意した瞬間でした。
あの瞑想は、 私の人生の方向を静かに、でも確実に変えた 大きなターニングポイントでした。
アウイの伝授を決心したのは、 “あの瞬間”でした。
申し込んだセッションは動画で受け取る形式で、 実際にエネルギーを流されているのかどうか、 その時点では私には分かりませんでした。
けれど、依頼したあと、ある日の昼、 私は両親とごく普通の昼食を囲んでいました。
特別な料理でもなく、 家族旅行でもなく、 たわいない会話をしながら いつものように食卓を囲む時間。
ところがその日、突然、 世界が急に変わりました。
目の前の両親の言葉やしぐさが いつも以上に温かく、優しく見えるのに気づきました。
家族の何気ない会話、 母の話し方、 父の言葉の間合い、 そのすべてが、 胸の奥にじんわりと染みてくるように感じられました。
「なんでこんなに優しく見えるんだろう…?」
その後の運転中、 その感覚はさらに強くなりました。
見慣れたはずの景色が、 やけに明るく、柔らかく、澄んで見える。
光の粒が空気の中に漂うような、 自分の内側から世界が広がっていくような感覚。
「今日の私は、何かが違う。」
言葉にできないけれど、 確かに“世界の質感”が変わっていました。
そして夕方—— 数時間後に、 アウイの動画セッションが送られてきたのです。
その瞬間、 すべてがつながりました。
「ああ、やっぱりあの時のあの感覚は、 アウイのエネルギーが流れていたんだ。」
翌日になっても、 その優しい世界は続いていました。
仕事中、ずっと続いている、温かさがあふれ出すような感覚。 普段なら流してしまう出来事にも、 なぜか満ち足りた気持ちで向き合えている自分。
職場でその話をすると、 「???」と反応は薄いものでしたが、 私の中では確信に近いものでした。
「あの感覚こそ、本来の世界なんだ。」
あの体験は、 私の人生にとって衝撃でした。 世界がこんなにも違って見える日が来るなんて、 それまで考えたこともありませんでした。
アウイとの出会いは、 人生の景色を一変させるきっかけでした。
私が「伝授」という形を大切にしているのは、 ヒーラーとして誰かを癒すこと以上に、 その人自身が、自分で自分を整えられるようになること が何より大切だと感じているからです。 ヒーリングの時間は、 確かに深く、豊かな体験です。 けれど、その効果が 「誰かに整えてもらうもの」で終わってしまうと、 人生の主導権は、まだ外側にあるままになってしまいます。 私は、 不安になったとき 迷ったとき 感情が揺れたときに 「自分で戻れる場所がある」 その感覚を持って生きられることが、 本当の意味での安心につながると思っています。 伝授は、 特別な人になるためのものではありません。 日常の中で、 自分の状態に気づき、 整え、選び直すための ひとつの“道具”を手にすること です。 エネルギーを扱えるようになることで、 目に見える出来事だけでなく、 その背景にある流れや影響にも 自然と目が向くようになります。 すると、 同じ出来事でも受け取り方が変わり、 選択が軽くなり、 「振り回されている感覚」から 少しずつ離れていくことができます。 私は、 誰かの人生を代わりに整えたいのではありません。 その人が、自分の人生のハンドルを 自分で握って進んでいけるようになること。 そのために、 アウイやレイキという技術を 伝授という形でお伝えしています。 自分を信じる感覚を、 日常の中で育てていく。 その一歩を、 必要なタイミングで選んでもらえたら嬉しいです。